発刊の辞

この「日本語・フィンランド語辞典」は、新たに日本語やフィンランド語の勉強を始める人、仕事の上でこの言語を必要とする人など、両言語に関心を持つすべての人を対象につくられています。
本辞典には基本語彙のほか、専門用語、慣用句、ことわざ成句など、幅広い範囲の見出し語が集められています。見出し語の数は3万7000語以上、複合語は1万1000語以上、慣用句とことわざ成句は2000句以上、用例は6万以上に及びました。

本辞典の語彙選択に当たっては客観的な基準も主観的な基準も用いました。まず、国立国語研究所の3万2600語の分類語彙表を主だった国語辞典と比較し、共通する語彙は基本的な語彙として収録し、その他の語彙は主観的判断に基づいて選択しました。語彙選択は、できるだけ現在使われている共通語の単語に限定し、古くなった表現や特殊な専門用語はなるべく省くようにしました。
しかし、日本文化の理解のために重要もしくは不可欠とされるようなことば、たとえば尺貫法の単位や季節用語のような語彙はできるだけ採用するようにしました。また、専門用語も、多くの技術用語や医学用語のように、一般教養に含まれているもので、重要な語と判断される場合には辞典の語彙として追加しました。こうして選ばれた語彙は、比較的客観的に日本の社会と文化を反映するものだといえましょう。
語彙の選択に当たっては、品詞の割合にも配慮しました。これは国立国語研究所の1万語の平均的な品詞割合調査(「語彙の研究と教育」)に基づきました。本辞典は語彙数がその調査の約5倍の5万語に上りますので、調査に比べると名詞と動詞の相対的な数が全体の90%以上と多くなる一方、比較的まれな品詞、副詞・接続詞などは少なくなっています。
このほか、多くの単語はその単語の主要な品詞の意味で使われるだけでなく、別の品詞としても使用することができます。特に漢語の場合、品詞の特定は非常に困難で、従来の国語辞典でさえ、その面での統一ができていません。たとえば「押印」は「印を押すこと」という意の名詞ですが、そのほか目的語を持つ動詞(他動詞)、目的語を持たない動詞(自動詞)としても使われます。

本辞典のように語彙数の多い「日本語・フィンランド語辞典」はこれまで存在していなかったため、日本語の語彙項目の記述に当たっては、適切なフィンランド語の語釈を施すことは多分に創造性を要する作業となりました。日本語の単語の意味を解釈するときは、主に国語辞典を参考にしましたが、その他の外国語の辞書、特に和英辞典や和独辞典も利用しました。にもかかわらず、特に日本文化に独特の概念やことわざなどに該当する語釈を施すことは非常に困難で、私たちが試みた語釈の説明方法は、ときには見慣れない奇異なものと受け止められるかも知れません。
たとえば、日本独特のさまざまな料理は、直接フィンランド語に翻訳することができないので、それらの調理の仕方や材料を括弧〈かっこ〉内に記述し、その語釈解説の便を図りました。
同じように、魚・植物・昆虫などの名称は、日本語と同一のフィンランド語を見つけることができない場合もあるので、より正確な国際的なラテン語学名を括弧内に記載することにしました。
ことわざの場合は、その意味が直訳とはまったく異なることがあるので、実際の意味の記述に加え、括弧内に直訳の文も付記しました。たとえば「猫に小判」ということわざは、フィンランド語に訳すと「豚に真珠」と同義になりますが、直訳の文「猫に金貨」も情報として必要だと判断しました。この試みは日本語の「ネコ(猫)」という単語の使用範囲の理解を深めるのに役立つことでしょう。

本辞典の編集委員の役割分担は、ペトリ・ニエメラ(Petri Niemelä)とピルヨリーッタ・クーシッコ(Pirjo-Riitta Kuusikko)が語彙項目の記述と監修を担当し、𠮷田欣吾と加藤博康がそれぞれフィンランド語または日本語の監修と修正を担当しました。実質的な語彙項目の記述作業では、五十音順の「あ〜の」はペトリ・ニエメラが担当し、「は〜を」はピルヨリーッタ・クーシッコが担当しましたが、二人はすべての項目を監修し、それぞれの能力の範囲内で修正を加えました。そのほか、ぺトリ・ニエメラは追加された語彙のすべてを記述し、辞典全体の作業のまとめ役も務めました。編集委員の中でも、加藤博康は見出し語、複合語、慣用句などの日本語表記や、用例の日本語文の適否を確認・修正したほか、この辞典全体の監修も行いました。また、𠮷田欣吾はフィンランド語の語釈および用例のフィンランド語訳を監修しました。
編集委員はこの辞典の作成に当たり、できるだけ精密な記述を目指しましたが、まったくミスのない、完璧な辞典の編集は不可能に等しい難事でありましょう。本辞典の中の誤りのすべてはペトリ・ニエメラと編集委員がその責任を負うものです。
本辞典の完成まで、一般社団法人日本フィンランド協会とフィンランドセンターには長年にわたってさまざまな形でご助力を頂きました。特に、弁護士の早川治子先生と故片山豊氏には、金銭面でも精神面でも並々ならぬご支援を頂きました。編集委員一同、衷心より感謝し、御礼申し上げます。

2016年12月24日
タンペレ市にて、
「日本語・フィンランド語辞典」
編集委員代表
ペトリ・ニエメラ